素粒子(その2)からのつづきです。
1898年、ラザフォードによって発見されたβ崩壊では、原子核内で、
という反応が起きますが、当初は、ニュートリノが電気的に中性で霧箱に飛跡を残さず、その発生が知られていませんでした。そのため、反応式にがないと、中性子の質量と陽子と電子の質量の差が飛び出してくる電子の運動エネルギーと一致しなくなるので、エネルギー保存が成り立たないのではないか、と言われていました。しかも電子のエネルギー・スペクトルが線スペクトルでなく連続スペクトルでした。また、中性子のスピンは,反応後の陽子、電子のスピンはのいずれかで、反応でスピンが保存しません。1930年スイスのパウリは、β崩壊においてもエネルギー保存、スピンの保存を成立させるために、スピン,電気的に中性な未知の粒子が飛び出しているという仮説を提唱しました。1934年イタリアのフェルミが未知の粒子をニュートリノと呼び、ニュートリノを含めたβ崩壊の理論を発表しました。フェルミは、β崩壊の結合定数が、強い相互作用の結合定数と比べて非常に小さく、β崩壊の過程を弱い相互作用と呼びました。ニュートリノは質量が0もしくは非常に小さく検出の難しい粒子で、1950年代に入り、米国のライネスとカワンが原子炉から発生するニュートリノと水との反応を観測することにより存在が証明されました。

1947年、宇宙線の相互作用の中からK中間子とΛ粒子が発見されました。電荷を持たないは、次の過程で生成されます。
 ・・・@
光速に近い速度で飛ぶπ中間子は、核子内を通過する程度の時間の間に陽子と衝突し程度の時間でを生成します。ところが、は生成時間よりもかなり長い程度の時間で、
 ・・・A
という崩壊を起こします。も計算上は程度の寿命を持つはずでしたが、という比較的長い時間で、
 ・・・B
という崩壊を起こします。も強い相互作用をするのでハドロンですが、生成時間と崩壊時間の比が1とあまりに大きく、strange particlesと呼ばれました。1953年、中野薫夫、西島和彦、米国のゲルマンは、素粒子はストレンジネスSという量子数を持っていて、強い相互作用では、ストレンジネスSが保存される反応だけが許され、A,Bはハドロン同士の反応であっても強い相互作用ではなく、このために(素粒子としては)長い寿命を持つのだ、と主張しました。@の反応は、,ストレンジネスSが保存されるので強い相互作用ですが、A,Bの反応は、で、どちらもストレンジネスが1変化しているため、弱い相互作用によって起こる、と考えられたのです。K中間子は、が質量,電荷を持つが質量で核子よりは小さい質量ですが、は質量で、陽子の質量,中性子の質量と同程度の重い粒子です。陽子、中性子、Λ粒子は、バリオン(重粒子)と呼ばれ、バリオン数1とされます。K中間子、π中間子は比較的軽くバリオン数0です。電気素量を単位とする電荷をQ,バリオン数をB,ストレンジネスをS,アイソスピンをとして、
という関係があります。ここで、超電荷と言います。K中間子やΛ粒子がハドロンに崩壊するとき、弱い相互作用の場合には、ストレンジネスSが保存しないので、アイソスピン,超電荷Yも保存しません。

ここで、ゲージ変換と対称性について触れておきます。
マクスウェルの方程式を満たす電磁場を求めるとき、真空中で、として、
 ・・・C
を満たすを求めれば良いのですが、 (をベクトル・ポテンシャルと言います)とおくとCの4番目の式は、

なので、とおくことができます。これより、
これをCの他の3式に代入し、ϕを求め、を求めれば良いのですが、
 ・・・D
という置き換えを行うと、
より、
となり、元のと同じ式が得られます。マクスウェルの方程式はDの変換に対して不変なのです。Dをゲージ変換と言います。Dのゲージ変換は、相対論的な書き方をすると、を第0成分成分とする4元ベクトルを使って、と書き、となります。ディラック方程式
 ・・・E
では、δを定数として、という変換を行っても成り立ちます。この変換は、のように書けるとき、のように位相をδだけずらすことに相当し、時空の各点が一様に同じ変換を受けるので、大局的変換(グローバル変換)と言われます。また、全体は1次元ユニタリ群を作ります。
これに対して、この位相のずれ
δが空間の各点で異なり、位置xの関数になるとします。このとき、という変換(局所的変換と言います)を行うと、ディラック方程式Eは、


となって、余計な項が現れ、このために、ディラック方程式Eが成立しなくなってしまいます。そこで、電荷qとし、ベクトル場を導入して、ディラック方程式のを共変微分:で置き換え(共変微分という考え方は、シュレーディンガーが電磁場中の荷電粒子に対するシュレーディンガー方程式で導入していたものです)
という形で、ゲージ変換の影響を受けないディラック方程式を考えます。この意味で、局所的変換をゲージ変換ゲージ場と言います。このときも、全体で1次元ユニタリ群を作ります。ゲージ場により、荷電粒子間に働く力、この力を媒介する粒子が現れます。但し、マクスウェルの方程式に、としてというような質量項を入れてしまうと、として、
となり、ゲージ対称性が壊れてしまうので、ゲージ粒子(光子)は質量を持つことができません(先に、のクライン・ゴルドン方程式が電磁波の方程式になることにも触れました。素粒子(その2)を参照)

1954年、ヤンとミルズは、陽子・中性子のアイソスピンに対して、22列のユニタリ行列Uで表されるゲージ変換を作用させたの変換に対する対称性に従う理論を作りました。に属する行列の積は非可換なので、非可換ゲージ理論です。ヤン・ミルズとは独立に内山龍雄が一般相対性理論から非可換ゲージ理論を建設しており、諸事情により一年以上遅れて発表したのですが、むしろ、ヤン・ミルズ理論が一般相対性理論を満たすことの確認になりました。ヤン・ミルズ理論は、陽子・中性子の質量差を電磁場の対称性の破れによって説明しようとしたのですが、実験結果と合いませんでした。ですが、この理論は、ワインバーグ・サラムの電弱統一理論、クォーク・グルーオンを記述するの量子色力学にもつながりました。

前述のストレンジネスが保存しない
K中間子の崩壊反応、
 ・・・F
 ・・・G
ですが、F,Gは一定の割合で起こります。当初、弱い相互作用によるFとGの反応は、生成物のパリティーも異なるため、別の粒子の崩壊と考えられていました。ですが、様々な実験結果、同一の質量、同一の寿命などがF,Gのに違いがないことを示していました。1956年、リーとヤンは、弱い相互作用でのパリティー保存が実証されていないことから、両者は同一粒子の崩壊で、この反応ではパリティーが保存していない、と主張しました。同年、ウーが、
というβ崩壊で、極低温に置くことにより、のスピンの向きを揃えて実験を行ったところ、上下均等に出るはずの電子線が、のスピンと逆向きに出てくるものの方が多い、という偏った結果が得られ、ここから翌年、ウーは、β崩壊ではパリティー保存(空間反転対称性)が破れている、と結論しました。従って、弱い相互作用の対称性はではなく、回転対称性のです。また、本来、粒子と反粒子とは同数ずつできるはずなのに、我々の宇宙にはほとんど反粒子がありません。もし、反粒子が多く存在していれば粒子と結合して光子になってしまい、この宇宙が存在できないかも知れません。この宇宙が厳然として存在している、ということは、宇宙ができたときに何らかの偏りが生じていた、ということかも知れません。

変換と対称性の話に戻りますが、
(I:単位行列)として、行列Xの指数関数(マクローリン展開を参照)
と定義すると、複素数を成分とするN次のユニタリ行列U ()は、エルミート行列X ()を用いて、と表されることが知られています。これを確かめてみます。
より、

よって、
即ち、はユニタリ行列です。VDXN次正方行列として、エルミート行列はユニタリ行列Vによって対角化可能なので、として、


よって、の行列式は、
に属するユニタリ行列の行列式は1なので、とすると、
よって、は、N次のエルミート行列で対角和がゼロになるもの(専門書ではリー代数と呼び、小文字でと表記)Xとして、として得られるユニタリ行列全体(専門書では、リー代数に対応してリー群と呼んでいます)だということがわかります。
の場合、とすると、
とすると、

よって、
より、

 ・・・H
となり、パウリ行列が現れます。つまり、は対角和が0でエルミート行列であるパウリ行列によって作られています(任意のエルミート行列は、の線形結合で作られている)Xは、acd3つの自由度を持ちます。元々4つの自由度があったのですが、より1つ減って3つの自由度になります。の場合、の自由度を持ちます。
では、自由度はとなり、パウリ行列に相当するエルミート行列が
8個出てきます。この行列をゲルマン行列と言います。8個のゲルマン行列によって、のユニタリ行列が作られます。

1950年代に続々と新粒子が発見されたのですが、バリオンを電荷Qと超電荷Yによって整理すると、スピンの値によって以下のようになります。
スピン
0のメソンは、
スピン1のメソンは、
スピンのバリオンは、
スピンのバリオンは、
ここから、何らかの規則性があることがわかって来ました。

ストレンジネス、アイソスピンの保存を調べた坂田昌一は、
1955年、陽子、中性子、Λ粒子を基本粒子としてバリオンを整理する理論を発表しました。この3つの粒子の波動関数に関する対称性を、池田峰夫、小川修三、大貫義郎がSU(3)対称性で記述できるというアイデアを提案しました。この対称性により、メソン8個の組み合わせをうまく説明できたのですが、8個で組になっているバリオンのうち、陽子、中性子、Λ粒子を基本粒子としてしまうと、残る5個が対称性と合致せず、うまく行きませんでした。
また先に述べた陽子・中性子の異常磁気モーメントですが、
1950年代後半にホフスタッターにより、米国スタンフォード大の線形加速器を用いて、液体水素、液体重水素を標的として、電子を弾性衝突させる実験が行われ、陽子、中性子がその内部に正負の電荷分布の広がりを持っていることがわかり、陽子・中性子は基本素粒子とは言えないことがわかってきました。
そこで、
1963年、ゲルマンとツバイクは、分数電荷を導入し、SU(3)対称性に基づくクォークモデルを提唱しました。クォークは、スピンのフェルミオンで、電荷upクォーク(uと表します)、電荷downクォーク(dと表します)、電荷strangeクォーク(sと表します)を基本粒子とし、この組み合わせでバリオン、メソンを構成する、というモデルです。クォークの種類をフレーバーと言います。これによると、陽子はupクォーク2個とdownクォーク1個から成り、電荷を持ち、中性子はupクォーク1個とdownクォーク2個から成り、電荷はです。湯川秀樹が予言したπ中間子との相互作用は、upクォークの反粒子を(電荷)downクォークの反粒子を(電荷)として、
陽子(uud)→中性子(udd)()
中性子(udd)+陽子(uud)
とすることにより説明できました。uから成る中間子は電荷を持ち、dから成る中間子は電荷を持ちます。中間子は中間子の反粒子です。
これにより、陽子、中性子のようなハドロンや、のようなメソン
(中間子)はクォークの複合粒子とされました。また、陽子と中性子の異常磁気モーメント(素粒子(その2)を参照)も、陽子、中性子の、uududdという構成から磁気モーメントを計算することにより、符号が逆で大きさの比が32になることが説明できます。
3種類のクォークは対称性を持ち、3通りのクォークを組み合わせて、3×3×3通りの粒子を作ることができます。27通りは10通りと8通りと8通りと1通りに分類できます。
メソンの
8個組は、
これは先に示した、スピン01のメソンの組に対応しています。
バリオンの
10個組、8個組(8個組では、10個組のuuudddsssを除きます)は、
これも先に示した、スピン,スピンのバリオンの組に対応しています。
メソンのスピン
01,バリオンのスピンで、同じクォークの組み合わせで別のハドロンになっているところがありますが、スピン'',スピン''と表すと、スピン0 (↑↓,↓↑)とスピン (↑↓↑,↓↑↓)では、スピンが揃わず、スピン1 (↑↑,↓↓)と、スピン (↑↑↑,↓↓↓)ではスピンが揃っています。同じクォークの組み合わせでも、スピンが揃う、揃わない、という違いがあります。

1964年にゲルマンの予測通りに粒子(sss)が発見されて、クォーク・モデルは信頼を獲得しました。但し、クォークモデルの問題点として、例えばuuuの組み合わせでできている粒子では、スピンのフェルミオンであって複数個の粒子が同一の状態をとることができないクォークが、同じクォーク3つのuuuという組み合わせになる可能性があるのか、という疑問がありました。この困難を避けるために、もう1つの自由度を導入し、upクォーク、downクォーク、strangeクォークは1種類ではなく、色荷と呼ばれる量子数(便宜上、赤R、青B、緑Gと呼びますが、クォークに色がついているわけではありません)で区別する、というアイデアが出されました。これにより、粒子はのように構成されていてパウリの排他原理を満たしている、と説明されました。バリオンでは、クォークは、3つの色荷の重ね合わせが白色になるように組み合わされます。現実に観測されるクォークは1重項になっていて、
のように記述されゲージ変換に対して不変です。ハドロンが崩壊するとき、クォークと反クォークとの組み合わせになるようにメソンができます。反クォークの色荷はクォークの補色になります。反赤は水色、反青は黄色、反緑は紫という感じです。メソンは、クォークの色荷の重ね合わせが白色になるように、赤と反赤で白、青と反青で白、緑と反緑で白となるような組み合わせだけが許されます。例えば、湯川秀樹が存在を予測したπ中間子は、
というクォークの組み合わせになりますが、では、uが赤ならが反赤、uが青ならが反青、uが緑ならが反緑という構成になります。

クォークの波動関数スピノルを
()として、のゲージ変換 (aa乗ではなく添字です)を施したもディラック方程式の、ゲージ変換で不変な解になります。に属するユニタリ行列の自由度は8で、8個のゲルマン行列に対して ()として、ゲージ場グルーオンを表します。ここで、微分は共変微分に置き換わります。ゲージ相互作用の強さを表す結合定数です。グルーオンはクォーク同士を貼り合わせる力で、クォーク間をグルーオンが媒介することにより強い力が働きます。この力により、クォークは単体では存在することができず、2個または3個の組になって存在します。これをクォーク閉じ込めと言います。このため現時点までに、単体クォークを実験的に確認することはできていません。
素粒子(その4)につづく。


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