統計力学の基礎


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気体分子運動論の延長として、熱力学などの現象を微視的な力学現象の集合として、統計的に捉えようという「統計力学」という物理学の分野があります。統計力学の入り口の部分を、ちょっとかじってみましょう。

まず、容器内の気体分子がどういう速度分布をしているかを考えてみます。
容器内で気体分子は様々な方向に様々な速さで運動しています。気体分子の速度の
x成分、y成分、z成分をとして、
となる確率を考えます。速度の値は連続的に分布すると考えられるので、確率は、確率密度関数として考えます。
確率密度関数は、全確率が
1となるので、容器内で確率密度関数の積分は1になります。容器内で積分すればよいのですが、気体分子から見れば容器は充分に大きいので、の範囲で積分すると(体積分を参照)
 ・・・@
速度によって決まる物理量の期待値(正規分布を参照)
 ・・・A
として計算します。式が長くなるので、として、@,Aを、次のように書きます。
@:
A:
です。
気体分子運動論のときと同様に、気体分子の運動は方向性を持たないので、気体分子の
x方向の運動、y方向の運動、z方向の運動が独立だとすると、確率の乗法定理により、確率密度関数は、x方向、y方向、z方向で同じ形の確率密度関数の積の形に書けるはずです。よって、
また、例えばは、正方向の運動と負方向の運動は対称になるはずで、の偶関数です。従って、の奇数乗を含みません。つまり、の関数です。この関数を改めてと書くことにします。y方向、z方向も同様に考えれば、
という形に書けます。同様に考えると、自体もの関数の形に表すことができて、より、
 ・・・B
ここで、とおくと、として、
このに入れ替えると、
Bより、

これを満たす関数f は指数関数です。 ・・・C (指数が複雑になることが多く見づらくなるので、指数関数をここではと書きます)とおくことができて上式に代入すると、
となり恒等的に成立します。これより、
@より、

 ・・・D
正規分布関数の積分公式:より、Dにおいて、とおくと、となるので、
 ・・・E
これをDに代入すると、
 ∴
Cより、
Aより、運動エネルギーの期待値は、


 ・・・F
とEより、
より、部分積分法を用いて、


これらをFに代入すると、
単原子分子理想気体の場合には、気体分子運動論より、,よって、
 ∴
Cより、
 ・・・G
これが、単原子分子理想気体の場合の気体分子の速度分布で、Maxwellの速度分布と呼ばれています。気体分子の運動に方向性がない場合には、正規分布をしていることがわかります。

ここで、少々準備をします。を展開したときのの係数は、
同じものを含む順列の数として、
となります。を展開したときの ()の係数は、となるので、
 ・・・H (は、をみたす全てのの組についての和を意味します)
となります。

気体の状態を考えるときに、
N個の気体分子の状態について、体積Vの容器を体積,・・・,J個の部分に分け、各体積に個,個,・・・,個の気体分子を入れるとすると、
という仮定のもとに、J個の,・・・,に気体分子をそれぞれ何個ずつ振り分けるか、という方法の数は、同じものを含む順列の数で、通りあります。
このうち、,・・・,に振り分ける個数が個,個,・・・,個となるとき、気体分子
1個が占有する体積をとすると、体積の中に個の部分ができますが、個の気体分子が個の部分のどれに入るかが通りあります。,・・・,個,個,・・・,個の気体分子がどのように入るかは独立に決まるので、その方法の数は、通りあります。理想気体の気体分子が体積Vの内部にどのように分布するか、その方法の総数Wは、
 ・・・I
ここで、
より、Hと同様にして、
 ・・・J
,・・・,個,個,・・・,個の気体分子が入る確率は、
Jより、全確率となります。

熱力学で気体の挙動を調べるとき、気体分子
1個の位置、速度に着目する立場を微視的(microscopic)立場と言います。それに対して、圧力、体積、温度のように気体全体に着目する立場を巨視的(macroscopic)立場と言います。
微視的な現象を統計的に扱うことによって巨視的な現象を考えるのが統計力学です。統計的に扱う際に、気体分子
1個の位置と運動量がある値をとる確率を考えるのですが、位置と運動量が連続的な値をとるものとして、確率密度関数を考えます。その際に、6個の値、xyz6個の座標と見なして積分操作を行います。気体分子がN個あれば、個の座標,・・・,,・・・,があるものとして考えます。こうして考えた個の座標をもつ空間を位相空間と言います。
N個の気体分子の位置と運動量が、,・・・,,・・・,の範囲(という範囲)にある確率を、
とすると、全確率が1になることを表す式は、
,・・・,
,・・・,
として、
と長くなってしまうので、 (容器の体積)となるので、ここでは、


の存在範囲を
Dとして、
と書くことにします。
物理量の期待値は、

となります。また、便宜的にj番目()のセルを考え、その位相空間上の微小体積を
とすると、これも、
 ・・・K
と書くことにします。ここで、hは、
ハイゼンベルグの不確定性原理:
に出てくるhです。位相空間を細かく区切っていくときの最小単位のようなものです。こうして、Iで、を位相空間の微小体積とし、に入る粒子数をとすると、
 ・・・L
と書けます。今、ここで考えている系が孤立していて、系の全エネルギー,全粒子数Nが一定であるとします。こうした系をmicro canonical ensemble(小正準集団)と言います。に入る粒子が持つエネルギーをとすると、
スターリングの公式(階段関数と不等式を参照)を用いてLを変形すると、


このとき、W最大となる,・・・,を考えます。
ラグランジュの未定乗数法という技巧を使っての変分をゼロにする確率を求めると、セル個の粒子が入る確率は、

ここで、全確率を1とすると、

これより
j番目のセルに個の粒子が入る確率はです。Maxwellの速度分布Gと比較して (に入っている粒子の速さをとして、)なので、
 ・・・M
確率が、この形に表される系を、canonical ensemble(正準集団)と言います。J個の微小体積が温度Tの熱源に接していることを意味しています。粒子1個のエネルギーの期待値は、
 ・・・N
M,Nの分母を分配関数と言います。Kを用いて積分表示すると、
 ・・・O

注.分配関数Oは、気体分子N個が区別できないときは、区別できるとしたN個の並べ方で割る必要があります。このときは、Oは、
 ・・・P
となります。

ここで各粒子が区別できず、各粒子のエネルギーが、運動エネルギーのみで位置依存性を持たず、各方向に関する和の形に与えられるとき、つまり、
の場合には、
ここに、です。さらに、
() ・・・Q
と見ると、

βで微分すると、が温度依存性()を持たずのときには、
ここで、

は、粒子1個の平均の運動エネルギーです。ここでは、 ()としたので、N個の粒子の平均運動エネルギーにに一致します。よって、
粒子のエネルギーの総和、系の全エネルギーは、気体の内部エネルギーUです。これより、
 ・・・R
Rは簡単のために色々な仮定をおいて考えてきましたが、実は一般的に成立します。

単原子分子理想気体では、分子間相互作用を無視して、分子の並進運動の運動エネルギーのみを考え、

とすると、これは、位置依存性を持ちません。Pより上記と同様にして(単原子分子理想気体では具体的に計算できます)、分配関数Zは、
ここで、,また、
とおくと、より、正規分布関数の積分公式を用いて、

単原子分子理想気体の分配関数は、
 ・・・S
注.相互作用のないN個の同種粒子からなる系の分配関数は、1粒子の分配関数をzとして一般に、の形に表せます。

N個の同種粒子からなる単原子分子理想気体分配関数の対数は、
Rより、
()
気体分子運動論から得られる単原子分子理想気体の内部エネルギーと同じ結果になります。



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