東大物理'23年前期[1]

以下のような仮想的な不安定原子核Xを考える。Xの質量は,電気量は正の値である。Xの半減期はTで、図1-1に示すように自発的に二つの原子核ABに分裂する。Aの質量はmBの質量はである。分裂の際の質量欠損はであるが、これはmと比べて十分小さいので、Xの質量はABの質量の和で近似されている。分裂後の電気量はABも共にqである。これらの原子核の運動について考えよう。
ただし、原子核は真空中を運動しており、重力は無視できる。原子核の速さは真空中の光速
cに比べて十分遅い。原子核は質点として扱い、量子的な波動性は無視できる。個々の原子核は以下の問題文で与えられる電場や磁場による力だけを受け、他の原子核が作る電場や電流に伴う力は無視できる。加速度運動に伴う電磁波放射も無視できる。

T 多数の原子核Xを作り、それらが分裂する前に、特定の運動エネルギーをもつものだけを集めることを考える。図1-2のように、座標原点にある標的素材に中性子ビームを照射し、核反応を起こすことで、多数のXが作られる。これらのXの領域に様々な速さで、様々な方向に飛び出す。の領域に紙面に垂直に裏から表の向きに磁束密度Bの一様な磁場をかける。x軸に沿って紙面に垂直な壁を設け、x軸上に原点から距離aだけ離れた位置に小窓を開ける。壁に衝突することなく、壁面に垂直に小窓を通過する原子核だけを集める。以下の設問に答えよ。ただし、標的素材や小窓の大きさは長さaと比べて十分小さい。

(1) 小窓から集められる個々のXの運動エネルギーをmqBaを用いて表せ。

(2) Xが分裂する前に、なるべく効率よくXを集めたい。原点で生成され、小窓を通る軌道に入ったXのうち、分裂前に小窓を通過する割合がf 以上になるために必要な磁束密度Bの下限値をfmqaTの中から必要なものを用いて表せ。ここで収集されたXは十分多数で、とする。

(3) 集めたXを電場で減速させ、静止させた。図1-1のように、この後、Xは分裂する。分裂の際に、AB以外の粒子は放射線は放出されず、質量欠損に対応するエネルギーがABの運動エネルギーとなる。このときのABのそれぞれの速さおよびmcを用いて表せ。

U 次に、図1-3に示す実験を考える。原子核Xを座標原点に、初速0で次々と注入する。ここではの領域だけに、x軸正の向きの一様な電場Eがかけられており、Xx軸に沿って加速していく。には検出器があり、原子核の運動エネルギーと電気量、質量を測ることができる。電場Eは、となるように調整されている。ここでは、設問T(3)におけるAの速さ(1-1参照)であり、定数である。
Xの一部は検出器に入る前に様々な地点で分裂し、ABを放つ。原子核の運動する面をxy平面にとり、以下では紙面垂直方向の速度は0とする。分裂時のXと同じ速さでx軸に沿って運動する観測者の系をX静止系と呼ぶ。X静止系では、分裂直後にAは速さで全ての方向に等しい確率で飛び出す。X静止系での分裂直後のAの速度ベクトルが、x軸となす角度をとする。このとき、分裂直後のX静止系でのAx方向の速度はと表せる。以下の設問に答えよ。

(1) 1-3にあるように、Xの分裂で生じたAの中には、一度検出器から遠ざかる方向に飛んだ後、転回して検出器に入るものがある。このような軌道を転回軌道と呼ぶ。Aが転回軌道をたどった上で、検出器に入射する条件を求めよう。以下の文のからに入る式を答えよ。以下の文中で指定された文字に加え、Lの中から必要なものを用いよ。

分裂時のXの検出器に対する速さをと表すと、分裂地点の関数としてと書ける。また、注入されてからまで移動する時間は、の代わりにαを用いて、と表せる。
転回軌道に入るためには、
Aの初速度のx成分は負である必要があるので、に対して、αで表せる条件、が得られる。この条件から、そもそもでは転回軌道が実現しないことがわかる。Aが後方に飛んだ場合、の領域に入ると、検出器に到達することはない。これを避けるための条件は、αを用いてと表せる。のときには、Aによらずの領域に入ることはない。

(2) 検出器に入ったAのうち、検出器のx軸上の点で検出されたものだけに着目する。測定される運動エネルギーの取りうる範囲をmを用いて表せ。

(3) Xの注入を繰り返し、十分多数のAが検出された。検出されたAのうち、運動エネルギーがよりも小さい原子核の数の割合は、Xの半減期Tと比べてはるかに短い場合と、逆にはるかに長い場合で、どちらが多くなると期待されるか、理由と共に答えよ。

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解答 高校物理の範囲全般に渡る総合問題です。の領域に入るのか入らないのか、転回するのかしないのか、検出器に到達するのかしないのか、がややこしく、検討する材料がα2つあり、どちらも解答に要求されるので、混乱しやすい問題です。

T 座標原点から飛び出したXが小窓にちょうど入るためには、Xが磁場による力を受けて、、半径の半円形の軌道を描くように運動すればよいわけです。この間のXの速さをvとすると、磁場がXに及ぼす力は、大きさで、フレミング左手の法則より、向きは円の中心に向かう向きです。

(1) 半円形軌道上で等速円運動するXの運動方程式は、

小窓でのXの運動エネルギーは、
......[]

(2) Xが半径の半円周軌道上を通過する時間t は、
半減期がTなので、分裂前に小窓を通過する割合が下限値f になるとき、つまり、磁束密度Bが下限値になるとき、
注.のとき小窓を通過するXの割合はのとき小窓を通過するXの割合はになります。
両辺で2を底とする対数をとり、
 ∴ ......[]

(3) 分裂前のXの運動量のy成分は0,分裂後の運動量のy成分は、AだとするとB,運動量保存より、
 ∴
質量欠損に対応するエネルギーが分裂後のABの運動エネルギーの和になるので、エネルギー保存より、

 ∴
......[]

U(1) xy座標系から見た分裂直後のAの速さ(検出器に対する速さ)とすると、X静止系から見たAの相対速度のx成分がなので、
 ∴  ・・・@
が定数なので、も一定で、を出発したXx軸正の向きに一定の電気力を受けてx方向に等加速度運動をします。Xx方向の運動方程式は、加速度をとして、
 ∴  ・・・A
Xは初速0で座標原点を飛び出すので、等加速度運動の公式より、
 ∴  ・・・B
分裂時にXx軸正方向に移動していたので、です。
......[]
注入されてからまで移動する時間をとすると、Aと等加速度運動の公式より、
Bよりなので、より、
 ∴ ......[]
Aの初速度のx成分がであるために、@より、
 ∴ ......[]
なので、,つまりになってしまうと、[]を満たすが存在しなくなり、転回軌道が存在しなくなります。Bより、
 ∴ ......[]
分裂後後方に飛んだ場合、Aは、一定の電気力を受けてx軸負方向に等加速度運動をします。この加速度をとすると、x軸方向の運動方程式は、
転回する位置がだとして、この点でAの速さが0になるので、等加速度運動の公式より、


 ・・・C
Aの領域に入らず検出器に到達するためには、電場が存在するのはの領域なので、でなければなりません。αを用いて答えるのでBを用いて、

分裂後、後方に飛んだ場合を考えるので、です。また、と@より、

......[] ・・・D
注.問題文ではとなっているのですが、の場合、つまり、の場合も、ここに電場が存在するので、式の上では転回するはずです。
[]の結果で、となる場合には、[]の条件はとなり、の領域に入らない条件は、にかかわらず必ず成立します。よって、
 ∴
Bより、 ......[]

(2) 分裂直後にAの運動エネルギーは、@より、です。検出器のx軸上に到達する、ということは、分裂直後のAの速度のy方向成分が0のもの、つまり、のもののみを考える、ということです。
分裂後で直接検出器に向かう場合、からまで電気力を受けるので、検出器到達時点でのAの運動エネルギーKは、
Bより、

より,よって、Kで最大値をとり、で最小値をとります。よって、
 ・・・E
分裂後で、転回してから検出器に向かう場合、@より、
Cより、転回点の位置は、
 ・・・F
転回する位置ではAの速さは0で、以後電気力を受けて検出器到達時点でのAの運動エネルギーKは、F,Bより、

Dと[]の注.より、のとき、,つまり、であれば、の領域に入ることはなく、転回して検出器に向かいます。また、Bにおいて、より、
よって、において、
Kαの単調減少関数で、において最大値をとり、においてより最小値をとります。よって、
 ・・・G
E,Gより、検出される運動エネルギーKの範囲は、
......[]

(3) Xの半減期Tに比べてはるかに小さいときは、分裂が早まり分裂位置Lに比べてはるかに小さくなり、分裂後直接検出器に向かいEを満たすAの割合が大きくなります。Tに比べてはるかに大きいときは、Eを満たすAの割合が減少し、運動エネルギーがよりも小さい原子核の割合が多くなります。 ......[]

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