阪大物理'24年前期[3]
以下のAとBの両方の問題に解答せよ。なおAとBは独立した内容の問題である。
A.図1に示すように、大気環境下で円筒容器XとYが水平な床に固定されている。容器XとYは細管とバルブ(コック)を介して内部がつながっている。容器X内のピストンは、断面積Sの底面をもち、鉛直方向に摩擦なしで滑らかに動くことができる。また、ピストンの位置は固定することもできる。容器Xの中にはヒーターがあり、気体の温度を上げることができる。容器Y内の体積はである。
最初、細管のバルブは閉じられている。容器X内にはnモルの単原子分子の理想気体が入っており、容器Y内は真空となっている。また、ピストンに質量mのおもりがのせられている。
すべての容器、細管、バルブやピストンは断熱材料で作られている。また、ピストンの質量、細管の体積、ヒーターの体積およびヒーターの熱容量は無視できるものとする。気体定数をR,重力加速度の大きさを,大気の圧力をとして以下の問に答えよ。なお、単原子分子の理想気体のゆっくりとした断熱変化では、圧力pと体積Vが「一定」の関係を満たす。γは比熱比とよばれる定数である。また、大気の圧力は一定で、容器内の気体の分子にはたらく重力は無視できるものとする。
問1 はじめにピストンが自由に動ける状態にした。すると、ピストンは、図1のようにその底面が容器X内の底面から高さLの位置で静止していた。このときの容器X内の気体の温度を、,m,,S,L,n,Rのうち必要なものを用いて表せ。 問2 問1の状態(温度)から、ピストンの底面を高さLの位置のまま固定し、バルブを開いた。すると、気体は容器Y内に広がるだけで容器の壁やピストンに対して仕事をせず、バルブを開いて十分に時間が経過した後に、容器X内とY内の気体の温度と圧力は等しくなった。このときの気体の温度を、,,m,,S,L,のうち必要なものを用いて表せ。 問3 問2の状態から、バルブを開いたままヒーターを用いて容器X内とY内の気体の温度をまで上昇させて、ピストンの固定を外した。すると、ピストンの底面は高さLの位置で変わらなかった。このときの気体の温度を、,m,,S,L,,n,Rのうち必要なものを用いて表せ。 問4 問3の状態から、バルブを再び閉じて、おもりをピストンからゆっくりと外した。すると、容器X内の気体において、ゆっくりとした断熱変化が起こり、ピストンの底面は高さの位置となった。このとき、を、,m,,S,γ,n,Rのうち必要なものを用いて表せ。 問5 以下の文章のとに入るべき式を、それぞれのの中に与えられた文字のうち必要なものを用いて表せ。
問3および問4の過程における内部エネルギー変化と仕事を求めてみよう。まず、問3の操作において、ヒーターによって容器X内とY内の気体をからまで温めたことによる内部エネルギーの変化は となる。また、問4の断熱変化で気体がピストンに対して行った仕事Wは
と表せる。
問6 問3の状態から、バルブを開いたまま、おもりをピストンからゆっくりと外した。すると、容器X内とY内の気体において、ゆっくりとした断熱変化が起こり、ピストンの底面は高さの位置となった。このとき、と問4で求めたの比を、L,S,のうち必要なものを用いて表せ。
B.中性子捕捉療法とは、がん細胞に取り込まれた原子核Xと中性子との核反応で生成されるα線(の原子核)によって、がん細胞を効率的に死滅させる放射線療法の一つである。
T.静止している原子核Xに遅い中性子を当てたところ、核反応 が起こり()のエネルギーが生じた。そして、そのすべてのエネルギーがとの原子核の運動エネルギーに変換された。ここではの励起状態である。なお、は、と同じ数の陽子と中性子から構成されているが、表1に示すようにに比べて大きな質量をもつ。
問7 原子核Xの質量数と原子番号を求めよ。
問8 上記の核反応が起こり、とのが互いに十分に離れた後のの運動エネルギーを、MeVを単位として有効数字2桁で求めよ。ただし、核反応の前後では運動量保存則が成り立つ。また、核反応前の中性子の運動量は無視できるものとする。必要であれば、表1の原子核の質量の文献値を用いてもよい。
表1
U.最近の中性子捕捉療法では、サイクロトロンなどの加速器を用いる。そこでは、数十MeVの運動エネルギーまで加速された陽子を、リチウムやベリリウムと核反応させることで、数MeV程度の運動エネルギーをもつ中性子を発生させる。その後、発生した中性子を減速材に入射し、治療に適した運動エネルギーまで減速させる。
問9 室温()で熱運動している中性子の集まりを単原子分子の理想気体とみなしたとき、中性子1個あたりの平均の運動エネルギーを、eVを単位として有効数字2桁で求めよ。必要であれば、ボルツマン定数と電気素量を用いてよい。
水を減速材として用いて中性子を減速させる場合、主に水に含まれる水素原子中の陽子との衝突により中性子は運動エネルギーを失う。この衝突を、中性子と静止した陽子との弾性衝突として考えよう。
問10 図1のように、x軸の正の向きに運動する中性子が、静止している陽子に衝突した。その後、中性子はx軸の正の向きから角度θ()の方向へ散乱された。この散乱で中性子の運動エネルギーはからに減少した。このときの運動エネルギーの比をθを用いて表せ。ただし、陽子と中性子は同じ質量をもつとみなしてよい。 問11 問10において、中性子の散乱が可能な方向に等確率で起こる場合、中性子の運動エネルギーは1回の衝突で平均倍になる。以下では中性子は水中で陽子とのみ衝突し、1回の衝突により運動エネルギーが倍に減少すると単純化して考える。
の運動エネルギーをもつ中性子が陽子とN回衝突した結果、の運動エネルギーまで減速した。このとき、Nをとを用いて表せ。
また、10MeVの運動エネルギーをもつ中性子を、問9で求めた平均の運動エネルギー以下まで減速するには、最低何回の衝突を起こす必要があるか求めよ。ただし、とする。必要であれば、図2の常用対数のグラフを用いてよい。
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解答 前半は断熱変化の問題、後半は放射線医療をネタにした原子核の問題です。原子核分野は出題頻度は小さいですが、その分、本問のように易しいことが多いので、受験勉強で原子核分野をスルーしてはいけません。
A.問1 容器X内の気体の圧力をとして、ピストンに働く力のつり合いより、 ∴ ・・・@ @より、
......[答]
∴ ......[答]
問3 ピストンに働く力の状況に変化はなく、温度上昇後の気体の圧力もです。ピストンの固定を外した後の状態方程式は、 @より、
......[答]
問4 問3の状態からバルブを閉じると、圧力はのままで体積はとなります。おもりを外すと断熱変化後に、体積はとなり、容器内の気体の圧力は大気圧に等しくなります。ポアッソンの関係式より、 @より、
問5 問3の過程において、気体の温度は、からまで変化するので、内部エネルギーの変化は、問1,問3の結果を用いて、 問3で書いたように、断熱変化をする前(バルブを閉じた後)の容器X内の気体の圧力は,体積は,温度はです。状態方程式は、 ・・・B 問4で書いたように、おもりを外して断熱変化した後の容器X内の気体の圧力は,体積はです。このときの気体の温度をとして、
の気体の状態方程式は、 ・・・C 問4の過程では、断熱変化なので熱力学第1法則より、気体のした仕事Wは内部エネルギーの減少分に等しくなるので、B,Cより、
問6 問3で書いたように、バルブを開いたままおもりを外した直後の気体の圧力は,体積はです。 問4で書いたように、断熱変化後の圧力は,体積はです。ポアッソンの関係式より、 DとAで右辺が等しいので、
∴ ......[答]
B.T.問7 原子核Xの質量数をA,原子番号をZとすると(原子核を参照)、核反応前後で、質量数、原子番号の和は変化しないので、 , ∴ 質量数: ......[答],原子番号: ......[答]
問8 ,の質量をM,m,,の核反応後の速さをV,vとすると、運動量保存より、 ∴ ・・・E よって、の運動エネルギーは、表1のデータを用いて、 ......[答]
U.問9 より、 (原子核を参照) 中性子1個の平均の速さをとして、平均の運動エネルギーは(気体分子運動論を参照)、 () このエネルギーをeV単位で表すと、
......[答]
問10 陽子、中性子の質量をm,散乱前の中性子の速さをv,散乱後の中性子、陽子の速さを,,散乱後の陽子の進行方向とx軸のなす角をφとすると、散乱前後の運動量保存より、 より、 ・・・F 注.運動量保存のベクトル図を描けば、余弦定理からFが得られます。 散乱前後のエネルギー保存より、
mで割り2をかけ、Fを代入して、
......[答]
図2より、 (正確にはです)なので、 よって、問9で求めた平均の運動エネルギー以下まで減速するには、最低18回 ......[答] の衝突を起こす必要があります。
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